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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)412号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文第一項と同旨

第二  主張、証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決五枚目裏二行目の「本件記録中の」の次に「原審及び当審における」を加える。)。

一  控訴人の主張

1  建物を目的とする火災保険契約の被保険利益は当該建物の所有権であり(火災保険普通保険約款第三条第二項参照)、所者権を判断する基準時は火災保険契約締結時である。

2  本件建物(原判決添付の物件目録(一)記載の建物)は、被控訴人が昭和五〇年一二月一〇日に新築したものであるが、未登記のままであったところ、大山(訴外大山正一)が昭和五四年一二月一〇日被控訴人から代金一〇〇〇万円で買い受け、同月一二日付けの譲渡証明書の交付を受け、登録税を節約するため同月二二日受付をもって大山名義で保存登記をしたものである。そして、大山は、右買受け代金を調達するために、そのころ宇治農協(宇治市農業協同組合)に対し一〇〇〇万円の借入れ申込みをし、昭和五五年一月一〇日、右一〇〇〇万円の融資を受け、これを右買受け代金として被控訴人に支払った。したがって、本件建物の所有権は、昭和五四年一二月若しくは昭和五五年一月、売買により被控訴人から大山に移転した。このことは、被控訴人と大山の間に金銭借用証書が存在しないこと、大山が三〇年という長期の建物更生共済契約を締結し、年額一四万八四〇〇円という多額の共済掛金を払い込んでいたこと、大山が本件建物の罹災後宇治農協から火災による損害共済金等一九二〇万九一一一円を受領したこと、大山が本件建物のうち火災で滅失した部分を撤去し、残存部分の修復工事を行い、被控訴人に立退料を支払って右残存部分の明渡しを受けたこと、及び大山が本件建物につき不動産取得税を支払い、固定資産税を支払っていることからも明らかである。

仮に、本件建物についての被控訴人と大山との間の売買が担保を目的とするものであったとしても、右両名間に譲渡契約書が存在せず、前記一〇〇〇万円の授受につき借用証書が作成されていないことなど右両名間における一連の行為を観察評価すると、右売買は本件建物の所有権を内外とも大山に移転する旨の売渡担保契約であるというべきである。

したがって、被控訴人は、遅くとも昭和五五年一月以降本件建物を所有していなかったのであるから、被控訴人が本件建物を所有するものとして昭和五七年七月一二日に締結した本件火災保険契約(請求原因2項記載の火災保険契約)は、被保険利益を欠くものであって無効である。

3  仮に、本件建物についての前記所有権保存登記が譲渡担保に基づくものであるとしても、譲渡担保権設定者である被控訴人は、被担保債務を弁済することにより本件建物の所者権を回復しうるところの「所有権回復期待利益」又は「譲渡担保権者の所有権行使を債権担保という目的から拘束しうる利益」を有するにすぎず、これらの利益は所有権とは異るものであり、火災保険契約における被保険利益にはならないものであるから、本件火災保険契約は無効である。

二  被控訴人の認否及び主張

控訴人の前記主張はいずれも争う。

被控訴人が本件建物の建築に約五〇〇〇万円を投下していること、及び被控訴人の確定申告書において前記一〇〇〇万円が大山からの借入金として処理されていることに照らすと、控訴人主張の売買契約はあり得ないことである。

理由

一  当裁判所は、当審において取り調べた証拠を斟酌しても、被控訴人の本訴請求は原判決が認容した限度で理由があり、その余は失当として棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり訂正、付加、削除するほかは原判決の理由と同一であるから、これを引用する。

1  原判決五枚目裏末行〈編集部注・本誌六七四号一九八頁三段目三二行目〉の冒頭から同六枚目裏三行目〈前同・一九八頁四段目六行目〉末尾までを次のとおり改める。

「二 控訴人の主張(抗弁)について

1  控訴人は、被控訴人は大山に対し昭和五四年一二月本件建物を代金一〇〇〇万円で売り渡した旨主張し、原本の存在及び成立に争いのない甲第二三、第二四号証の大山正一の供述記載並びに原審及び当審証人大山正一の証言中には右主張に沿う部分もあるが、右供述記載及び証言は後記3の認定事実と対比して信用できないし、他に右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

成立に争いのない乙第二三号証の四の譲渡証明書には、被控訴人が昭和五四年一二月一〇日本件建物を大山に譲渡した旨記載されているが、〈証拠〉によれば、右譲渡証明書は、本件建物の表示登記の申請にあたり、司法書士が申請書に添付する所有権証明書として作成したものであり、被控訴人と大山の間で売買を証するために作成したものではないと認められるから、右譲渡証明書をもって控訴人の右主張を認めることはできない。

また、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の認められる乙第三号証の金銭消費貸借証書並びに当審証人大山正一の証言により真正に成立したものと認められる乙第一四号証の一ないし三の借入申込審査表、貸付伺及び借入申込書には、それぞれ借入金の使途として「工場取得」(乙第三号証、第一四号証の二、三)又は「工場購入」(乙第一四号証の一)と記載されているが、これらの書面はいずれも大山が宇治農協から一〇〇〇万円の融資を受けた際作成されたものであるところ、借主が金員借入への際申し出る金員の使途が常に真実と合致するものとは考えられない上に、後記3の認定事実、特に被控訴人が本件建物の建築等に約五〇〇〇万円を投下している事実、及び昭和五五年一月以後も被控訴人の決算報告書において被控訴人が本件土地の賃借権を有し、かつ、本件建物を所有するものとして処理されている事実に照らすと、右各書面のような記載があるからといって、これが真実の権利変動を表わすものとは認め難いから、右書面をもって控訴人の右主張を認めることはできない。

なお、控訴人は、(1)被控訴人と大山との間には金銭借用証書が存在しないこと、(2)大山が三〇年という長期の建物更生共済契約を締結し、多額の共済掛金を払い込んでいたこと、(3)大山が本件建物についての損害共済金を宇治農協から受領していること、(4)大山が本件建物の残存部分の修復工事を行い、被控訴人に立退料を支払って右残存部分の明渡しを受けたこと、(5)大山が本件建物につき不動産取得税を支払い、固定資産税を支払っていること、以上の諸点からも控訴人主張の売買の存在は明らかであると主張するが、被控訴人と大山との間には売買契約書も存在しないこと、官署作成部分の成立に争いがなくその余の部分は〈証拠〉によれば、大山は抵当権設定契約書記載の約款に基づき、宇治農協の要求によりその指定する条件で右建物更生共済契約を締結したものであると認められること、後記説示のとおり譲渡担保権者にも被保険利益があるから、所有者でなければ損害共済金を受領し得ないとはいえないこと、大山が譲渡担保権者であるとすれば、不動産取得税や固定資産税を負担するのは当然であり、譲渡担保権者として、換価処分のために本件建物を修復し明渡しを求めることができないものではないと解されることなどに照らすと、右(1)ないし(5)の事情があるからといって、控訴人主張の売買の存在を推認することはできない。

2  控訴人は、被控訴人と大山との間の本件建物についての売買が担保を目的とするものであったとしても、右売買は本件建物の所有権を内外とも大山に移転する旨の売渡担保契約であると主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

3  そこで、控訴人主張の譲渡担保契約の存否について判断する。

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。」

2  原判決六枚目裏四行目の「製造」を「加工」に改め、同七枚目裏末行の「登記を了した」の次に「(ただし、本件建物につき、昭和五四年一二月二二日大山名義で所有権保存登記がなされたことは当事者間に争いがない。)」を加え、同八枚目表七行目の「当時」から同九行目の「取引をしていた」までを「ブロイラーの取引を通じて知り合った」に改め、同裏六行目の「所有である」の次に「が、農協から融資を受けるにつき、抵当権を設定するために大山名義で保存登記をした」を加え、同末行の「稲富」を「訴外株式会社稲富」に改め、同九枚目表三行目の「右借入」から同五行目の「最中であり、」までを削り、同六行目の「旨述べ」の次に「て借入れの口添えをし」加える。

3  同九枚目表一〇行目〈前同・一九九頁二段目二九行目〉と同末行〈前同・同頁同段三〇行目〉の間に次の文章を加える。

「(十一) 税理士宮川深は昭和四七年九月二八日被控訴人が設立されて以来昭和五六年まで被控訴人の経理を任され、その確定申告書及び附属書類である決算報告書等を作成していたものであるが、被控訴人代表者から本件建物を売却した旨の連絡は受けていなかったので、昭和五五年一月以降も本件建物を被控訴人の資産として減価償却の対象とし、被控訴人の振替伝票に本件土地の地代(ただし、右伝票の科目欄には「家賃」のゴム印が押捺されているが、これは誤記である。)月額一〇万円と大山からの借入金一〇〇〇万円の分割弁済金二〇万円の各支払が記載されていたので、右記載に従い、第八期(昭和五四年九月一日ないし昭和五五年八月三一日)及び第九期(昭和五五年九月一日ないし昭和五六年八月三一日)の各決算報告書に本件土地の借地権の内訳明細、右地代の支払額(年額一二〇万円)及び大山からの借入金元本額(右分割弁済により減額した額)を記載していた。」

4  同九枚目表末行〈前同・同頁同段三〇行目〉の「認められる。」から同裏六行目〈前同・同頁三段目六行目〉末尾までを「認められ、前掲甲第二三、第二四号証の大山正一の供述記載、前掲甲第三一、第三二号証の大松純忠の供述記載、原審及び当審証人大山正一、原審証人稲葉富光の各証言並びに原審及び当審における被控訴人代表者尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。」に改め、同七行目の「2」を削る。

5  同九枚目裏末行〈前同・同頁同段一二行目〉の冒頭から同一〇枚目表一行目〈前同・同頁同段一五行目〉末尾までを次のとおり改める。

「4 控訴人は、譲渡担保設定者である被控訴人は被担保債務を弁済することにより本件建物の所有権を回復しうるところの「所有権の回復期待利益」又は「譲渡担保権者の所有権行使を債権担保という目的から拘束しうる利益」を有するにすぎず、これらの利益は所有権とは異なるものであり、火災保険契約における被保険利益にはならないものであるから、本件火災保険契約は無効であると主張するので、この点について判断する。」

6  同一〇枚目裏二行目〈前同・同頁四段目一行目〉の「前記」から同四行目〈前同・同頁同段五行目〉の「解される。」までを「、右のような譲渡担保の経済的機能に着目すれば、一個の物の所有権が譲渡担保権者と設定者の間に分属しているものということができ、その結果、所有者としての被保険利益も右両者間に分属し、そのいずれもが自ら所有者として火災保険契約を締結しうるものと解するのが相当である。このように解したとしても、被保険者が不当な利得をする等公序良俗に反する事態が起こるものとは考えられず、むしろ、現実の経済的利益の帰属する者に生じた損害を填補する保険制度の目的に合致するものというべきである。」に改める。

7  同一〇枚目裏七行目の「四」を「三」に、同一二枚目裏八行目の「五」を「四」に各改め、同末行〈前同・二〇〇頁二段目一五行目〉の「判示のとおり、」の次に「被控訴人は、」を加え、同行〈前同・同頁同段一六行目〉の「既に」から同一三枚目表一行目〈前同・同頁同段一八行目〉の「あるから」までを「譲渡担保の設定により大山名義で本件建物につき所有権保存登記をしたにすぎず、被保険利益を有するものであるから」に、同一三枚目表二行目の「六」を「五」に各改める。

二  よって、原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日野原 昌 裁判官 大須賀欣一 裁判官 大谷種臣は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 日野原 昌)

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